【久々の投稿】「親殺し・子殺し」したくなる理由を考察




みなさま こんにちは
おはなです

おはなになってはじめての投稿

そして久々の投稿にして

不吉なタイトル・・・・(;^ω^)

1年前の結愛ちゃんの事件がまだ心に引っかかっていたり
自分自身、家族関係を見つめなおす機会が訪れていたり

最近考えていたことをまとめたいと思います

だから、自分がそういった深刻な事態に、
そしてそんな行為に思い立っているわけではありませんので
ご安心ください

ただ、私なりの考察があるのですが、とーっても長くなりそうなので
今回の執筆で最後まで書くつもりはありません

メモ程度に書き残したいと思います

私には親心が完全に分かるとは言えるはずがないのだけれど

学校という職の場で(児童生徒の立場では無く)
親御さんをみてきたり

歳の離れた弟たちを、まるで自分の子どものように思ってきたり

完全な親心は、
まだ独身の私には語れないんだけど

私なりにすごく分かること

親って(自分の親のことではなく、一般的な親)、
子どものことを「自分のもの」だと思ってる

そして、

同時に子どもも「自分は親に愛されて当然のもの」だと思ってる

だからこそ、裏切られるなんて、みじんも思っていなくて
裏切っている感覚もなくて

だんだん生まれた価値観の違いから
それぞれの人間が変化して、思い通りにはいかなくて・・

全然思い通りにいかないじゃん!って

裏切りのようなものを感じたりして

この当たり前のような固定観念から生じる
行き違いのトラブルが、親殺しあるいは子殺しという

残酷な結末を生むのだろうと、感じています。

いろんな親子見てて思うんだ

自分自身もなんだけど

親子って、すっごい勘違いをしてる

親は「子どものことなんでも分かってる」って思ってるし
子どもも「親は何でも分かってくれてる」って思ってる

そりゃ、長年一緒にいた分、そして遺伝子的にも性格が似ている分
パターンは読みやすいと思うの

でもね、
実際は

親子こそ、何もわかっていない場合のほうが多いんじゃないかなと、最近思うのです

それは、残酷で悲しいことに思えるけど

長年「分かったつもり」を繰り返してきてしまったが故の
誤解の負のスパイラルに陥りやすいから、という理由です

少し詳しく説明すると、例えば

子どもが夜中に「一人で眠るのが怖い」と泣いている
→親は、怖がりだから何かが怖くて不安なんだろう(という経験からくる予測)
→「(怖がらなくて)大丈夫だよ、強い子だから頑張れるよ」という言葉掛けをする

という場面で

実際に子どもは、いじめにあっていて学校に行くのが怖くて、不安な気持ちから一人が怖くなっている
いじめられている自分が悪いと思っているから、今時点での「怖い」としか言えずに泣いている

子どもから打ち明けなければ、親は子どもが「怖がり」という誤解のままだし

親が言葉をかけてくれて、慰めたり励ましてくれたことで、
子どもにとっては、親は言葉で話さなくても
自分の心の「痛み」を分かってくれているのだと勘違いしてしまう

あるいは、親からの「大丈夫だよ、強い子だから頑張れるよ」という言葉が、「(学校は辛い場所じゃない、今のままで)大丈夫だよ、強い子だから(あなたなら明日も学校)頑張れるよ」に聞こえてしまうかもしれない

このようなお互いに分かり合えているはずという、安心感を積み重ねた結果
大きな勘違い、誤った予測のパターンが出来上がってしまう

(臨床データがないので、あくまで憶測の範囲ですが・・・)

これがいつか崩れたとき、お互いが誤解に気づきはじめたときに

「親子だって、そんなものさ」という心持ちが整っていないと

親のくせに分かってくれていなかった、子どもは自分に隠し事ばかりしていた

みたいな突然の裏切りのように感じてしまったり、しなかったりするのでは

と私の頭の中では研究が進んでおります・・・

どうやって臨床データ取るんだろうね

面談やアンケートで過去のやりとりまで明確に思い出せるのかしら

40年とかかけて親子を追うのかな

難しいよね、親子って!

 

ほんと、親孝行も大事だけどさ、

まずは、自分を大事にしてあげてくださいね!

 

愛を込めて

おはな